サン・ファン・バウティスタ号のイルミネーションDMです。

サン・ファン・バウティスタ号のイルミネーションDMです。

石巻の冬の風物詩として定着する

「サン・ファン・イルミネーションツリー」

サン・ファン・バウティスタの船体を

約1万球の電飾とライトアップで幻想的に彩ります。

【開催期間】平成30年11月9日(金)~平成31年1月6日(日)

【点灯時間】日没(午後4時30分頃)~午後8時30分頃まで点灯

【開催場所】宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)
ちょっとサン・ファン・バウティスタ号について

歴史をまとめてみました。(ウィキペディアより)

伊達政宗はこの慶長遣欧使節において、

政宗と親しい宣教師のルイス・ソテロ、支倉常長、

ビスカイノ提督らを乗せたサン・ファン・バウティスタ号は、

「日本初の対ヨーロッパ外交交渉」を行う旅に出ました。

支倉らが目指したのは、スペイン王国で、

当時スペインはフェリペ3世の父、フェリペ2世

時代に最盛期を終えた段階ではあったが、

依然としてスペイン帝国は「世界最大の植民地帝国」でした。

支倉常長とルイス・ソテロは、

スペインの首都、マドリードの王宮で

フェリペ3世と謁見することにしました。

しかし、この時期に日本国内では、

徳川家康がキリスト教徒の大弾圧を行っていて、

この情報がスペイン側に伝わり、

支倉一行は窮地に立たされることになり、

支倉一行は劣勢を挽回するため、

ローマ教皇との謁見を計画しました。

支倉一行はローマでは、名誉ある

「ローマ入市式」を行うなどの大歓迎を受け、

支倉常長はローマ市民権を与えられ、

さらに貴族に叙されました。

支倉らはローマ教皇、パウロ5世と謁見し、

教皇にスペインとの外交交渉の助力を頼みました。

ローマ教皇の支持を得た支倉一行は

再びスペインのマドリードを訪れ、

フェリペ3世と外交交渉を行いましたが、

結果的にこの外交交渉は失敗に終わりました。

 

私自身「サン・ファン・バウティスタ号」が、

どの国を目指して、何の目的で航海したのかわかりませんでした。

ある程度歴史的なことを理解して、

その建造物などを見学するとその時の光景が

目に浮かんできてタイムスリップする感覚になるのかもしれません。

 

 

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